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公害・地球懇ニュース 2009年9月号 No.168の内容
■ 水俣病決起集会
■ 九州エコツアー
■ 水俣病写真展
■ 薬害イレッサ「大阪・京都ツアー」
■ みんなでかちとったPM2.5環境基準
■ 原水爆禁止世界大会
■ JNEP情報
◆ 成功した「8・9決起集会」 ◆
◆ —— 水俣病全面解決を目指し、団結を固める ◆
○ 水俣病不知火患者会 事務局長 瀧本 忠 ○
《どのようななかで行われたのか》
2004年10月の最高裁判決以降、3万人を越える人たちが水俣病被害者として救済を求めるなか、本年7月8日、政府与党と民主党は、十分な審議も行わないまま、加害企業チッソの責任を分社化により免責し、大量の患者切捨てを目的とした、「水俣病被害者救済特別措置法」を成立させました。さらに、環境省環境保健部長は7月16日、17日に朝日新聞紙面で、救済を求める被害者が「ニセ患者」だと言わんばかりの発言を行い、患者団体の批判を招いています。
《1,200人の総意で方針を確認》
今回の総決起集会は、1,200名の参加で開催されました。基調報告に立った園田昭人弁護団長は、これまでの経過や特措法案の問題点、全面解決へのプロセスについてパワーポイントを駆使して説明しました。法案成立後も追加提訴者が出ていることを示しながら、「行政に任せていては救済されない」と、裁判所で被害を判断する司法救済制度の確立の必要性を強調し、「国は速やかに裁判所での和解に着く責任がある」と訴え、全面解決に向けて並々ならぬ決意を示しました。
その後、事務局よりこれまでの行動の到達点を踏まえ、訴訟を軸に解決を目指すとの提案がなされ、引き続き潜在被害者の掘り起しを行い、早期に2,000人を超える原告団を達成する、そのためにも9月の不知火大検診を成功させなければならないと強調しました。
集会は、特措法による大量切捨てを許さず、訴訟による解決を軸による闘いを進め、司法救済制度を確立することにより、水俣病問題の全面解決を求めていく事をあらためて確認し、これまで以上に一枚岩の団結をはかり、闘いぬく決意を確認し終了しました。
《闘う仲間の激励を受けて》
この日は、東京公害患者家族の会より、石川牧子さん、小澤廣子さんが参加され、石川さんより不知火患者会の会員に向けて特別報告が行われました。石川さんは、被害者の想いや訴えを率直に語ることが解決への道となると報告し、水俣病被害者の闘いを激励しました。闘う仲間からの激励は、会員にとって今後の闘いの糧となったことと思います。
《いっそうのご支援を》
裁判は高岡医師の証人尋問を終え、来春には結審、来年の夏頃には判決が見える状況で、今まさにヤマ場を越えんとしています。これまで以上の踏ん張りで患者会は闘っていく所存です。これまで以上のご支援とお力添えを頂きますようお願い申しあげます。
◆ 有明海・ミナマタ・川辺川を結ぶ九州エコツアー ◆
○ 調査団長 弁護士 尾崎 俊之 ○
8月21日-23日、それぞれ重要な局面を迎えている、「よみがえれ有明海」「ノーモアミナマタ」「川辺川ダムはいらん」の3つの闘いの現地調査が行われ30名が参加した。
1.第1日目
1)時津さん、後藤弁護士案内のもと、中央干拓地・森山地城・小江干拓地・潮受堤防・調整池を見学し、白木峰から干拓地全景を展望した。
2)諫早干拓は、i. 新たに肥沃な大規模農地を造成し有機農業を導入。ii. 洪水・浸水の防災効果もある。との触れ込みであったが、現地調査では、i. 雑草との闘いや商品化できない作物しか出来ないところもあり、ii. 洪水を防ぐ効果がない、後背地では依然として潮の干満による浸水があり排水できない、と問題が浮き彫りとなり、反面、アサリ被害など深刻な漁業被害が発生し、一刻も早い開門が求められている。
3)潮受堤防上の「九州農政局北部九州土地改良調査管理事務所」には、「開門反対2,300人集会」の写真が展示されるなど、専ら農水省・長崎県の宣伝に使われている。一行より期せずして怒りの声があがり、東京での世論を広げる活動を誓い合った。
4)ガタリンピック干潟でムツゴロウと対面するなど息抜きのひとときを過ごした後、大浦・小長井の漁民と懇談。漁業被害の実態、漁業にかける思いや心意気に触れ、初めての参加者も大きな感銘を受けた。
2.第2日目
1)朝8時ホテル発、昼過ぎ水俣市内。
午後1時過ぎ、原田正純先生の記念講演と「すべての被害者を救済するために」をテーマとしたシンポジウムに参加。
2)原田先生は健康上の理由で最後の講演と聞いたが、水俣病とのかかわりを振り返り、胎児性患者を発見した驚き、チッソ・行政への怒りを淡々と語られた。胎児期・小児期に低濃度汚染を受けた患者の救済が、困難ではあるが重要であると提起された。
3)シンポジウムは、小児性患者である被害者互助会の患者、近畿訴訟弁護団長、新潟阿賀野患者会代表、ミナマタ弁護団長と原田先生がパネリストとなり、ミナマタ弁護団事務局長が進行役をつとめた。水俣病特別措置法が成立した中、どうやって被害の広がりを明らかにし、行政の誤りをただして解決を展望するのかが語られ、「不知火海沿岸住民健康調査(9月20,21日)」「ノーモア・ミナマタ全国連の結成(8月23日)」の重要性を強く感じた。
4)その後「現地見学」(熊本地裁で採用を求めている現地検証と同じコース)があり、初参加者を中心に約半数が参加。
5)夕方からの大交流会と続く二次交流会は大いに盛り上がり、強行軍の疲れを吹き飛ばした。
3.第3日目
1)樺島熊本県知事は「ダムによらない治水」を表明したが、国交省はダムを前提とした治水にこだわり、「川辺川ダム中止」を認めようとしない。
2)樺島知事は、前知事が決めた荒瀬ダム撤去方針を凍結した。
3)世論を大きく動かすため、東京でも支援の運動に力を入れる必要性を感じた。
◆ 〈九州エコツアーに参加して〉 ◆
◆ —水俣にて— ◆
○ 浅見 洋子 ○
初めて水俣の地に一歩を踏み入れてから、はや22年。
今回の水俣現地調査は、感慨ひとしおであった。
水俣湾の埋立地親水公園を後に、バスで坪谷地区に移動。整備された道路を走り、数分で現地に到着。橋の下の護岸に立ち、海に陸地にと目を移した。
緑の斜面に建つ数軒の家。
そこに赤い屋根の家2軒。その一軒は、白壁にデッキを備えていた。20年の時を刻み、今も忘れることのできない田中実子さんその人の家であると知った。
実子さんは、水俣協立病院に入院しているものと思っていた。だが、8月22日の今日の現地調査で、実子さんは目の前の実家に居り、姉の綾子さんが入院していることを知らされた。
「えっ! 誰が実子さんのお世話を?」
「綾子さんの夫が、義兄が面倒を見ています。」
との返事に安堵した。同時に時の流れを思い、溜息が一つ…。
私が出会った当時の実子さんは、両親を亡くし姉の綾子さんに全てを委ね、生を紡いでいた。
藤野医師の往診に同行。人との関わりに距離を置いていた実子さんだったが、医師の取り成しを得、幸いに実子さんと一時を共有する事ができた。
あの日、実子さんは、遠方の友として迎え入れてくれた。
アイコンタクトで心が通い、時が過ぎた。だが、実子さんの口に流れるヨダレを何げなく拭いた私の行動が、彼女の自尊心を深く傷つけ、その場の空気が凍った。
時の流れの中で、義兄に心を開いている実子さんを知った。嬉しさと、かつての不用意な自分の行動を恥じ涙がにじんだ。赤い屋根のその人の家に向かい、そっと頭を下げ、バスに戻った。
胎児性水俣病の方々の、親が家族が病みに伏したときと考えると新たな不安が生まれる……。
いま、この地で新たな水俣病訴訟が起こされている。想像力を持てば、至極当たり前の事として理解できる。
胎児性水俣病として生を受けた者、幸いにして健常者として生を受けた者。だが、幸いな者たちの生命深く、潜在的な水銀障害が進行している事はあり得る事、否定できない事である。なぜなら、この公害は、環境汚染。食物連鎖・胎児への影響をもたらした、過去に例を見ない、未知の公害なのだから……。
田中史子さんに付き従い、何が何だか分からぬままに歩き回った水俣の地。バスを乗り継ぎ、人の好意に甘え車で案内を受けた不知火周辺。今回の現地調査で、排水口と地域の位置関係を今更に理解した。同時に、不知火海の汚れの拡がりを再認識させられた。
今回の水俣現地調査への参加は、自らの未熟さを知った旅であり、水俣病をより多くの人々に伝えねばと、肝に銘じた旅となった。
◆ 水俣病写真展 ◆
◆ 「日本の水俣病そして中国」 ◆
○ 田中史子(実行委員で7人の写真家の一人) ○
「いまなぜ水俣病なのか」「水俣病とはなにか」「水俣病患者の支援をしたい」「水俣病患者の支援をしてきた」「写真について興味がある」「写真家の話を聞きたい」…こんな人は集まれ!!
11月3日〜29日、JICA横浜にて公害・地球懇主催の「日本の水俣病、そして中国」展が開催されます。1F、2Fの広い展示場には写真展「水俣を見た7人の写真家たち」(作品約90点)と中国の水銀汚染の資料と写真の展示があり、祝祭日には、1Fまたは3Fの会議室において、イベントが行われます。
「水俣を見た7人の写真家たち」は桑原史成、塩田武史、ユージン・スミス&アイリーン・スミス、宮本成美、芥川 仁、田中史子、小柴一良の7人の写真家が50年にわたる水俣病の歴史をそれぞれの視点でそれぞれの時代を切り取った壮大な記録写真です。
「中国の水銀汚染」は黒竜江省の水俣病調査の記録と、貴州省における、国際水銀会議の様子や水銀汚染の状態を記録したものです。
イベントとしては3日にオープニング・パーティ、8日には、中国・黒竜江省の漁民の健康被害を調査した、藤野糺医師(水俣協立病院名誉医院長)の講演と水俣でボランティアをしながら水俣病を見つめた詩人・浅見洋子さんが最近出版した詩集「水俣のこころ」を朗読します。15日には写真家たちのシンポジウムです。7人のうち桑原史成、小柴一良、宮本成美、田中史子の4人が参加します。
その他にも公害・地球懇らしいイベント企画を募集中です。また一ヶ月にわたるイベントを支えてくださるよう皆さんにお願いします。写真展示や撤収、会場の受付け、パーティの運営、シンポジウムの司会・進行などボランティアを募集しています。これなら手を貸すことができるという方、是非ご連絡ください。また、個人・団体の協賛者を募集しています。カンパのご協力をお願いします。このイベントを機会に、水俣病支援の全国的な組織が立ち上がることを希望しています。
詳しくはホームページをごらんください。実行委員会での決定事項は随時書き加えていきます。
http://www.7b.biglobe.ne.jp/~tanaka-f/
◆ 成功した「大阪・京都ツアー」 ◆
○ 薬害イレッサ東京支援連絡会 新庄 聖 ○
薬害イレッサ東京支援連絡会は、7月31日〜8月1日、西日本訴訟(大阪地裁)の傍聴ツアーを計画し、支援と弁護団、東日本の原告である近澤さんを含めて30名が参加しました。
当日朝は早々と東京駅に集合、大阪へ乗り込む気マンマンです。新幹線内での駅弁タイム。新大阪駅から淀屋橋へ移動し、西日本訴訟の原告、弁護団、支援の方と合流。東京から持参した横断幕やのぼりを広げ、30名以上で宣伝!
大阪の通行人は気前よく(?)ビラを受け取ってくれたのが印象的…。
午後、原告側証人の濱六郎医師に対する反対尋問が大阪地裁で行われました。5月の主尋問で濱証人は、『イレッサ承認前の臨床試験のときに間質性肺炎等の副作用で死亡した例はあったのに、アストラゼネカ社(ア社)が統計処理する上でデータを書き換えた疑いがある』と証言していました。反対尋問は、これを正面から否定することができず、濱医師の証言の信用性を崩す方向で間接的に質問せざるをえませんでした。挙句の果てには、ア社代理人が『仮に○○だったら、どうですか』のたぐいの質問を繰り返したため、予定時間オーバーし、裁判長から、「時間を守って下さい。無駄な質問もありましたので」とたしなめられる始末でした。
そしていよいよこの日のクライマックスです。法廷傍聴を終えるとすぐにア社の本社に向かい、約50名での宣伝・要請行動を行いました。これだけ大規模な宣伝行動は私も久しぶりです。感激するとともに、巨大な梅田スカイタワーを見上げると怒りが込み上げてくるのでした。
原告と支援の代表がア社本社に出向き、総務部の担当者に要請書を手渡しましたが、「要請は受けないが文書だけはもらっておく」と回答。大阪においても我々を拒絶する態度にまた怒りが沸いてきます。
翌日は、中島晃弁護士の案内で京都の街づくりの取組みを見学、午後はまた大阪に戻り、西日本の「薬害イレッサ訴訟を支援する会」総会に参加しました。
総会では泉南アスベストとB型肝炎訴訟の原告、弁護団から訴えがあり、ともにたたかっていくことを誓い合いました。後半の討論は、ツアーに参加された公害弁連事務局長の中杉喜代司弁護士と東京支援連事務局長の小池盛明さんから、解決に向けた力強い決意表明がありました。
また、西淀川公害患者と家族の会会長の森脇君雄さんが前日のア本社前宣伝に触れつつ「久しぶりに火が点いた。結審の頃には1,000人でア社を包囲しよう」と熱い提起があり、西日本の「支援する会」役員への就任も満場一致で承認されました。
帰りの新幹線は、ほろ酔い(?)になりながら、来春は巨大な梅田スカイタワーを1,000人で包囲するため、東京から100人以上が参加してもらえる大きな運動を作ろうと決意を新たにしました。
東京地裁の次回期日は10月15日1時半から原告3人目の本人尋問が行われます。来年早々の結審に向け、更なるご支援をお願いします。
◆ みんなの力でかちとったPM2.5環境基準 ◆
◆ ——いよいよ基準告示へ—— ◆
○ 弁護士 西村 隆雄 ○
《この間の経緯》
PM2.5環境基準設定に向けての動きが、いよいよ大詰めを迎えています。
昨年12月の中央環境審議会への諮問以降、専門委員会での審議が重ねられてきましたが、7月2日の中環審大気環境部会でPM2.5の指針値(=基準値)が提案され、これを内容とする中環審答申案が提出されました。そしてこれに対するパブリックコメントの募集を終え、いよいよ9月にも中環審答申、そして環境大臣による環境基準告示(=環境基準の設定)へと進む見込みとなりました。
《基準値の評価》
今回提案されている基準値は、年平均値15μg/m3以下、日平均値(の98パーセンタイル値)35μg/m3以下という米国基準並みの厳しい値となっています。
この値は、主として海外の研究に依拠して米国基準と同一の値を提案しており、世界的な科学的知見をふまえた説得力のあるもので、大いに評価できるものとなっています。
米国基準並みのこの基準値と対比すると、わが国で測定されたPM2.5濃度は、沿道局はもちろんのこと、一般局でも、大都市はおろか地方都市でも軒並みこれをオーバーする値となっており、この値で環境基準が設定されれば、今後新たな道路計画をめぐるアセスメントでも事業者側は対応の見直しを迫られるとともに、移動発生源・固定発生源をめぐっても規制、対策の抜本的強化が求められることとなります。
《これまでの運動の成果》
各地の大気汚染裁判の和解で、このPM2.5の環境基準設定が追求されてきましたが、環境省は頑としてこれを拒否。それを基準設定、しかも満足できる厳しいレベルでの基準設定に持ちこむことができたのは、まさに全国の運動の成果に他なりません。
全国の大気裁判でたたかってきた力を一つにして、東京大気裁判和解をテコにしてこの間2年間にわたり、実に旺盛なたたかいが展開されてきました。
昨年3月には、日本環境会議・岡山大学の主催でWHOの第1人者を招いて国際シンポジウムを開催。
その後毎回の専門委員会にあわせる形で、環境省水・大気局長交渉、環境省前宣伝に粘り強く取り組み、短期間のうちに厳しい基準設定を求める約6,000に迫る団体署名と、1万通をこえるパブリックコメントを集中してきたことが今回の基準設定の大きな力となりました。
《今後の課題》
I. PM2.5環境基準が設定された場合、国は、PM2.5の常時監視が義務づけられ、全国に展開している常時監視測定局(自排局、一般局)でのPM2.5測定が必須となります。そこで早急に、国、自治体に測定体制の整備を実施させることが急務となります。
II. あわせて、基準値オーバーが続出する事態をふまえての対策に直ちに着手させなければなりません。この点、まずもって固定発生源、そしてとりわけ移動発生源に対し、より抜本的な対策、規制強化を行うことが強く求められています。
III. さらに、アセスメント技術指針にPM2.5をとりこみ、これをふまえたアセスメント(とりわけ道路、固定発生源)を実施させることも急務となります。
IV. そして、今回の基準設定で、全国各地に今なお深刻な大気汚染が存在することが改めて明らかとなります。
これと学校保健統計をはじめとするぜん息等の被害の拡大と相まって、国のレベルでの新たな大気汚染被害者救済制度の確立に向けて運動を強めていくことが求められています。
◆ 原水爆禁止2009年世界大会 ◆
◆ 第10分科会「地球環境と核兵器廃絶」 ◆
○ 全労連 共闘局長 中山 益則 ○
両課題とも政治を変えるなら実現可能
「良い分科会でした。元凶をはっきりさせないといけないと言う増田さんの話に共感です。2020年まで、後10年が勝負であるというのを聞き、本当に温暖化問題は急がなければならない問題だと感じました。核の冬の話は非常に恐ろしく、核戦争など絶対に起こさせてはならないと改めて思いました。働き方、経済のあり方を根本的に変化させる必要、つまり今の日本の政治状況を好転させていくことを強く感じました。」——神奈川から参加した28歳の青年の感想です。
8月8日に第10分科会として「地球環境と核兵器廃絶」の分科会が開かれました。このテーマでの分科会は、昨年の世界大会から始まりました。昨年も会場にあふれるほどの参加者を迎えましたが、今年も同様で、定員140人の会場に173人と立席まで出るという好評ぶりでした。この分科会の企画は、人類の生存に関わる地球温暖化などの環境問題と核兵器廃絶の課題を専門家の協力を得て学習し、交流討論することに狙いを持って開かれました。助言者に元気象研究所研究室長の増田善信(理学博士)を招き、4人の運営委員で進行しました。最初に、同分科会を開催しての評価を紹介します。終了後の総括では、同分科会の目的、質量などから見て基本的に成功したと運営委員・助言者の一致した評価です。前回と同様に、地球温暖化問題を学習したかったとする参加者も多くいました。しかし、一歩進んで“地球温暖化と核兵器廃絶”を実現する道筋はどのような方向か、まで議論が進んだことは大きく評価できることでした。
今年の分科会の特徴について最初に紹介します。特徴は、4つありました。
1)昨年と同様に若く初めての参加者が多く、地球温暖化問題についての関心が高い。
2)地球温暖化と核兵器廃絶の関連性について、統一的にどのようにとらえたらよいかの問題意識があった。
3)双方の課題の解決には、政治の変革が決定的な要素であるということ(昨年との違い)。
4)核兵器の廃絶は、科学的には安易な技術でできることが解明されたこと、などです。
このような特徴を裏付ける感想が届けられています。二つ紹介します。長野県から参加した23歳の青年は、「核兵器と環境問題が結び付かなかったのですが、原発や核実験による環境問題がわかりやすく学習できた。『地球温暖化=環境破壊』『人間は環境破壊の張本人だが、それにより生じる様々な問題で困るのも人間自身である』という言葉を胸に刻み、これから自分に出来る事を少しずつでも進めていこうと思います。」東京の中野区から初めて参加した26歳の女性の感想は、「地球環境と核兵器廃絶という題名を見たときに、今身近に起きている地球環境の問題を核兵器がどのように関係しているのか考えたこともなかったので、とても興味ある議題に感じました。今回参加させていただき、増田先生の講演を聞き、DVD、また各地の活動を聞き大変勉強になり、もっと環境問題、核兵器廃絶について考えていかなければと深く感じました」。
次に、同分科会の運営について紹介します。最初にDVD『地球の温暖化を止めて』を上映し、続いて増田氏の特別報告を45分間行い、質疑を含めた参加者の討論。最後に討論のまとめを行って終了という進行です。約2時間の討論には、文書発言を含めて20人の参加者でした。最後に、同分科会で上映したDVD『地球の温暖化を止めて』(公害・地球懇制作)は、持参したすべてが完売しました。
◆ JNEP情報2009年8月 ◆
◇ 環境省「80%削減のビジョン」発表
環境省は8月14日、日本も2050年までに80%削減する必要があるとして対策を積み上げて削減経路の例を示した「温室効果ガス80%削減のためのビジョン」を発表した。省エネで40%削減、これに石炭削減と自然エネルギー大幅拡大70%改善をあわせ、80%削減を行うとしている。経済発展・技術志向の「ビジョンA」と、地域重視・自然志向の「ビジョンB」の2通りを示した。
削減量は、民生(業務と家庭をあわせたもの)が大きく、次いで運輸。排出が大きい産業部門はもっとも削減量が小さく想定されている。さらに、「CO2を大量のエネルギーを使って地中に埋めるCCS技術や、水素製鉄技術など(「ビジョンA」のみ)の未完成技術(完成の保証なし)や、原発の発電量を今の1.2-1.4倍に増やすなどの問題ある想定がある。
政策では排出量取引制度や税財政グリーン化、自然エネルギー固定価格買取制度などが挙げられる一方、CCSや高速増殖炉の開発支援などが書かれている。
◇ 経産省審議会、2020年「8%削減」の内訳試算。負担増強調も
経済産業省の審議会「総合資源エネルギー調査会需給部会」は、麻生首相発表の中期目標「2020年に1990年比8%削減」にあわせて需給見通しを修正発表した。昨年示したものから1%の削減上乗せは、太陽光発電による900万トン増の他は、GDP引き下げ、道路交通需要引き下げなど、「対策強化」とは言えないもので占められている。
原発の発電量を2005年の1.4倍にするのが柱で、石炭消費はあまり減らさず、CO2の少ない天然ガスを逆に減らすことにしている。産業のCO2削減率(2020年CO2排出量の2005年比率)は10%で、家庭、業務、運輸の削減率22-27%の半分以下。
また、同部会は負担も計算、対策費用が大きい主要10項目だけで49兆円になるとした。また、家庭の対策イメージとして、追加負担500万円前後とした。内容は太陽光発電や断熱工事などで、当然ながら毎年行うものではない。いずれも、補助金や省エネコスト分などメリットは計算に入れていない。
自民党政権下では、この試算が事実上、温暖化対策のベースになっていた。一方、選挙に勝った民主党はマニフェストに2020年25%削減(90年比)を掲げ、参議院提出の法案(廃案)でも25%削減を条文にいれていた。
公害・地球懇 活動日誌
8月5日(水)◇東京あおぞら連絡会代表委員・常任理事会議
9日(日)◇東京公害患者と家族の会幹事会
10日(月)◇PM2.5環境基準答申案のパブリックコメント提出(1万通超える)
17日(月)◇東京あおぞら連絡会第3回理事会
18日(火)◇衆議院議員選挙公示日
20日(木)◇環境・交通・まちづくり市民フォーラム実行委員会
21-23日(金-日)◇有明海・ミナマタ・川辺川を結ぶ九州エコツアー
24日(月)◇薬害根絶デー10周年行動(リレートーク・パレード・集会)
25日(火)◇高尾山天狗裁判最高裁前宣伝行動(15回)
26日(水)◇代々木病院水俣問題学習会
28日(金)◇ノーモア・ミナマタ写真展打合せ(JICA横浜)
30日(日)◇衆議院議員選挙投票日
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