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公害・地球懇ニュース 2010年1月号 No.172の内容

■ COP15代表団活動報告
■ ノーモア・ミナマタ in コペンハーゲン
■ クリスマスシーズンのデンマークへ
■ COP15 グローバルアクション東京
■ 水俣病不知火患者会東京常駐
■ 環境アセス10年見直しヒアリング





◆ COP15代表団の任務と目的、活動報告 ◆

○ 公害・地球懇COP15代表団団長 橋本良仁 ○


 産業革命後の産業活動により増え続けた温室効果ガス。温度上昇を2℃以下に抑制しなければ、私たちの未来は危うい。排出し続けてきた先進国の責任は重大である。1997年12月、京都で開催されたCOP3(第3回気候変動枠組条約締約国会議)の議長国を務めた日本は、90年比6%減の目標を世界に提示した。しかし、産業界と政府は約束を果たさなかったばかりか9%増という状況にある。
 麻生内閣の下、2009年6月に提示した削減目標は90年比わずか8%減、私たちは25-30%減を目標に掲げることを強く求めた。政権交代した鳩山内閣は、国連の場で25%削減を表明し、私たちはこの目標を国内で着実に実現することを要求した。
 2009年12月、デンマークのコペンハーゲンでCOP15が開催された。公害・地球懇は、COP15成功のための代表団派遣を5月の総会で決め、12月10-19日、現地に22名の代表団を派遣した。

代表団の目的は、
(1) 日本国内で原発や石炭火発によらない実効ある25%削減を実施し、途上国には積極的援助を行う。政府が先進国として責任を果たすことを現地で日本政府に求める。
(2) 水俣病をはじめとする悲惨な公害体験から、公害と温室効果ガスの排出源が同一であることは明らかである。その経験を温暖化対策に活かすよう訴える。
(3) 美しい日本の「やま・かわ・うみ・そら」を未来の人たちに手渡すため、ムダで有害な公共事業の中止を訴える。また、各国の食糧主権を訴える。

 会議場であるベラセンターへの入場登録手続きはCASAの早川弁護士、研修内容や通訳は現地に30年以上在住の澤渡夏代ブラントさん、そして滞在地や旅行などの手配は当会幹事の奥田さが子さんのお世話になった。
 会場であるベラセンターの大幅な入場制限で、予期しない予定変更となったが、数万人規模で行われたグローバルアクションやコペンハーゲン市内のKlimaforum09に参加することで、代表団の主張を各国NGOに伝えることができた。繁野さん扮する高尾山天狗や中杉さん達の白クマ帽子は注目を集め、多くのNGOや海外の取材陣に囲まれた。伊藤さん、川合弁護士などの英語力が役立ったことはいうまでもない。Klimaforum09の模様は、アメリカの英字新聞に掲載された。

 水俣病患者の鶴川さんや弁護団の中村弁護士を中心に、デモでもベラセンターでもノーモアミナマタを訴え続けた。4日間行動を共にした、4人の青年達もJNEPの主張を海外のNGOに伝えてくれた。
 澤渡夏代さんによる「デンマークの諸事情」の研修や6回の現地研修を通して、福祉国家デンマークの歴史と文化、環境、エネルギー、高齢者、消費者問題などへの取り組みの一端を垣間見た。また移民問題などに苦悩するデンマークの現状にも触れることができた。澤渡さんと奥田さんが企画した研修プログラムはとっても充実していた。
 COP15は、2020年までの削減目標の合意ができず、重要な課題はほとんど先送りになった。しかし、120ヵ国以上の首脳が一同に集まり、温度上昇を2℃以下にという科学的認識を共有したことは、大きな一歩と受けとめたい。先進国と途上国、とりわけ京都議定書に加わらないアメリカと中国の果たす役割は重大である。会議開催中に不名誉な化石賞を2回も受賞した日本政府の姿勢を何とかしなければならない。

 水俣病をはじめ未曾有の公害を経験してきた私たちは、日本政府に対し温暖化問題解決のために、先進国としての役割を積極的に果たし、世界で名誉ある地位が得られるよう求めたい。
 美しい山河を未来の子ども達に残すため、地球温暖化防止に逆行する自然破壊の公共事業を止めさせなければならない。
 私たちNGOの更なる努力と運動が必要であると感じたデンマークの10日間だった。

 




◆ ノーモア・ミナマタ in コペンハーゲン ◆


○ ノーモア・ミナマタ訴訟弁護団 弁護士 中村 輝久 ○


 2009年12月、ノーモア・ミナマタ原告団と弁護団は、デンマークのコペンハーゲンで「ノーモア・ミナマタ」を訴える貴重な機会を得ることができました。
 弁護団からは私が、そして原告団からは鶴川信幸さん(67歳)が代表して参加しました。鶴川さんは、見た目こそ普通の年の割に若く見える元気そうなおっさんですが、水俣病の患者さんです。日常的な体の不調をおして参加しました。
 ノーモア・ミナマタ訴訟は、2005年10月の熊本地裁への第1陣原告50名の提訴以来、原告は増え続け、今では2,000名を超えるマンモス訴訟となっています。これは、ひとえに「水俣病がまだ終わっていないこと」を現しています。言い換えれば、多数の水俣病被害者が長期間にわたって放置されてきたことを示しています。
 私たちのたたかいは、支援の方々の後押しに支えられ、環境副大臣に裁判上の和解という解決を決意させ、具体的な和解協議を実現させようという大詰めを迎えているところです。私たちが一貫して訴えている「すべての被害者の救済(ノーモア・ミナマタ)」を実現するために極めて重要な時期にあります。
 この時期に世界各国が注目するCOP15において「ノーモア・ミナマタ」を訴えることは私たちが目指す解決のために不可欠な任務であると固く決意し旅立ちました。


 「36年間、日本は何を大切にしてきたのか。海よりも、森よりも、命よりも優先されたものは何だったのか…」スカンジナビア政府の刊行物『HYGGE』にはこう取り上げられています。
 1972年、スウェーデンの首都ストックホルムで開かれた国連環境会議において、水俣病患者とその母親によるスピーチが世界に衝撃を与えてから36年たった今もなお水俣病はまだ終わっていないということ、このことを厳しく指摘しているのです。


 出発直前の成田空港では、原告の鶴川さんが、常に悩まされている頭痛や耳鳴りという水俣病の症状をやわらげる薬が体に合わなかったせいで2度も顔面から転倒してしまい眼鏡を2度も壊しました(本人は初めての海外旅行が不安で前夜に飲んだ睡眠薬のせいだと思っていたようですが、水俣病の薬のせいだったと後で判明したそうです)。

 どうなることかと思っていたところ、鶴川さんはコペンハーゲンでは必死で奮闘し「ノーモア・ミナマタ」を訴えました。
 コペンハーゲン市内からCOP15会場までの大規模なパレード(デモ)に参加した際には、高尾山の天狗の衣装をまとった繁野さんの妖気漂う姿のおかげか、シロクマのかぶり物をかぶった鶴川さんの愛らしい姿のおかげか、大注目を浴びました。世界中の人が、鶴川さんが掲げるプロフィールと被害の訴えを英訳した紙を熱心に読んでいました。やはり「『私が』水俣病の被害者です」と訴えることは衝撃的なアピールだと感じました。
 大勢の方が話しかけてきました。「ミナマタって何だ?」それに答える私の英語の出来がどうだったかは不明。中には、真剣な顔で「水俣病を知っている。連絡先を教えてください」と名刺を求めてきた妙齢の金髪女性もいました。その美人と私が個人的に連絡を取り合っているという噂の真偽も不明です。
 多数のカメラ付き取材も受けました。残念ながら日本のメディアには遭遇しませんでしたので、日本で「ミナマタ」の映像が流れることはなかったと思いますが、海外ではちらっとでも映像が流れたのではないかと希望的観測をしているところです。
 このパレードではかなりの拘束者が出たとのことですが、天狗とシロクマたちは知らぬ存ぜぬでかなりの距離を闊歩しました。


 COP会場では、世界中から集まったNGOなどのためのブースがたくさんありました。カーサの早川弁護士の計らいで、ブース内の限られたスペースをミナマタのために割いていただきました。壁に写真や英文の説明文を貼らせていただき、ミナマタのビラを置かせていただきました。
 ここでもシロクマ鶴川さんは、自らの被害の訴えを掲げアピールしました。「そのシロクマはどこで売ってあるんだ?」と寄ってくる人以外は熱心に話を聞いてくれたようです。ブースで待っているだけでは物足らなくなった鶴川さんは、他のブースにいる人々にビラを配りに歩き回りました。「ノーモア・ミナマタ」の一言だけを繰り返し、チラシに載っている自分の写真を指さしながら必死でビラを配りまくりました。


 原告の鶴川さんは、終盤少しだけ体調を崩しロスキレ市役所の研修を途中退席したことを除けば、元気に明るく活動していました。パレードでもかなりの距離を歩きましたが、人魚姫に会いに行くときにはもっと歩いたかもしれません。
 また、今回の旅で特筆しなければならないのは、代表団の皆さん全員の方々からのミナマタへのバックアップについてです。すべての場面で、ミナマタを全面と前面に押し出してくださいました。
 パレードのときには、私と鶴川さんが天狗さんと一緒に一番前を歩かせてくださいました。鶴川さんのキュートさもあったかもしれませんが、おかげで一番目立つアピールが出来ました。
 COP会場については、次第に厳しい入場制限がなされ代表団の皆さん全員は入場できない事態になったのですが、そんな場合でもミナマタの私たちを優先して入場させていただきました。また、私たちがCOP会場にいる間に行われていたKlimaforumのイベントにおいても、一生懸命ステージでミナマタを訴えてくださったと聞いています。その他生活全般においても非常に助けていただきました。

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○ ノーモア・ミナマタ原告団 鶴川 伸行 ○

 デンマーク到着の翌日、会議場であるベラセンターへ行き、登録証を作成し、ブースの確認と会場内の説明を受けました。デンマークは道路の段差やガードレールがなく、歩道、自転車道、車道がきちんと区別されて信号もない、横断歩道に立っていると車の方から止まってくれます。街に行っても電柱もなく社名や店の看板もなく、とってもきれいで、人間中心に暮らしていると思いました。
 ロスキレ市からデモ参加の為、電車で移動しましたが、駅には改札口もなく、駅員もいません。その日は、少し寒かったので、白熊のぬいぐるみの帽子をかぶってホテルを出たのですが、電車内で検札に来た車掌さんが、その帽子が気に入ったのか声をかけてくれ、握手して、ビールまでいただきました。日本では考えられない事でした。
 ベラセンターまでのデモコースは約6kmとの事でしたが、6kmも車を止めるなど、日本では聞いたことがなかったのでびっくり。ビルや個人の家もみんなレンガ造りで日本では見られません。
 デモは、繁野さん扮する高尾山の天狗様とならんで、弁護団の中村弁護士さんと共に「ノーモアミナマタ」のタスキをかけて行進しました。天狗様は外国人には非常にめずらしいようで、私たちは注目されたようです。天狗様のおかげで「ノーモアミナマタ」も大分アピール出来たと思っております。
 デンマークは環境問題に力を入れている事がわかりました。風力発電、太陽光発電、地熱発電とエネルギーは自然を利用しています。デンマークは地理的に風道が有り、風車は6,000基とのことです。ちなみに日本の風力発電は12月現在で1,500基と聞いております。日本は地理的にも太陽光発電をもっと利用したら地球環境は良くなると思います。





◆ クリスマスシーズンのデンマークへ ◆

○ 公害・地球懇 幹事 奥田 さが子 ○

 スカンジナビア政府観光局の出版物『HYGGE』Vol.9 の、巻頭の1ページにこんな文があります。

 1972年6月4日から2週間、史上最初の国連環境会議がスウェーデンの首都ストックホルムで開かれた。第1回国連人間環境会議である。
 6月5日、水俣病患者と患者の母親によるスピーチは、ストックホルムに集まった世界中の人たち、何より、海に囲まれたスカンジナビア半島の国々から来た参加者に大きなインパクトを与えた。(中略)
 36年間、日本は何を大切にしてきたのか。
 海よりも、森よりも、命よりも優先されたものはなんだったのか。
 36年たった今でも水俣病は終わっていない。
 貧困・富国・格差・平等・倫理・哲学・開発・保護・人権・自然
 「持続可能な開発」においても優先されるものは各国で違う。
 36年前に日本から発信された訴えが、もう一度問いかける。
 私たちは、何を大切にしていくべきなのか。

 今回のCOPはこの問いかけに、地球人として世界が連帯して向かい合うためのものでした。このまま何の対策も立てないでいたら、遠い将来ではなく、私たちの孫の時代には人類の生存そのものが脅かされる事態が起きるというのが科学者の警告(IPCC報告)です。それに対して、各国は利害を超えてどこまでつながりあえるか…。
 結果から言えば、有効な対策につながる合意に至ることができず本当に残念でしたが、最大のCO2排出国で京都議定書に入っていない米中をはじめ、世界中のほとんどの国から最高責任者が集まり、気候変動の危機に対しての認識を共有することができたのは、今後につながる大きな一歩といえるでしょう。

 今回のCOPには、3万人を越える過去最高のNGOが集まり、1万5千人という会場のキャパシティーを越えたこと、首脳クラスが集まることになってセキュリティーが厳しくなったことなどから、正式に登録ができた私たちにも入場制限が日ごとに厳しくなりました。せっかくいろいろな資料を用意して、他国のNGOとの交流や、ロビー活動をする計画だったのに、代表団全員が会場に入れたのは1日だけ。水俣患者会、弁護団など代表を絞っても5日目以降はまったく入れなくなる有様でした。

 グローバルアクションデーでは、世界中から集まった人たちや市民と共に、10万人(ロスキレ新聞報道)もの集会とデモンストレーションに参加して胸が熱くなる体験もしましたが…。
 今回の旅は、水俣をはじめとする環境破壊やそれに伴う悲惨な公害を体験してきた国として、又、CO2を大量に排出して利益をひたすら追い求めてきた経済大国として、世界に対する責任を果たすべく政府代表に働きかけることと加え、福祉大国であり環境先進国であるデンマークから学ぶという2つの目的がありました。
 後者のほうは、現地を熟知した澤渡夏代ブラントさんのお力を借りて正味3日、6つの研修を組み、とてもいい学びができました。例えば、消費者連合では、価格の面だけでなく安全性、正義・倫理などを追及する賢い消費者を育てるために、学校にも働きかけて教育している話があり、より多面的にデンマークの追求しようとしているクオリティオブライフのありようが見えてきました。

 時はクリスマスシーズン。「クリスマスホリディに仕事をしたいクルーなんていないから」という理由でSAS(スカンジナビア航空)が運休してしまうというのにはびっくりさせられましたが、あちこちにクリスマス市が立って家族連れがうきうきと楽しく繰り出している姿を見ると、日本のお正月準備のよう。3月には開いていないチボリ公園も、日曜日に開店しないはずのロスキレの商店街も、にぎやかに開いていました。この季節のデンマークもいいなあ…。
 でも後半3日、雪が降り、少々積もったとたん、道路はあちこち止まり、電車は遅れ、北欧の国だというのに東京よりずっと雪に弱いことが判明、意外でした。
   





◆ COP15参加とデンマーク研修・日程表 ◆


12月10日(木)
 成田集合10:30、21名無事に出発。スカンジナビア航空直行便。コペンハーゲン到着。空港からロスキレ市の宿舎ダンホステルへ。夕食。

12月11日(金)
 COP15参加(電車で会場のベラセンターへ)
 登録証作成、国際会議の様子、各ブースの様子をみる。CASA早川弁護士より状況説明。
 ●研修1 デンマーク一般事情レクチャー。澤渡夏代ブラントさん

12月12日(土)
 グローバル・アクション・デー、コペンハーゲン。
 議事堂のあるクリスチャンボー広場からベラセンターまで、新聞報道によると10万人の大デモンストレーションとなり、代表団は、天狗と一緒に白熊帽子をかぶり、「地球・共生・未来」と書いた日本手ぬぐいを持ってノーモアミナマタなどをアピールする。大きな反響があった。

12月13日(日)
 NGOのイベント参加を予定していたができず、自由行動日。中杉さんが合流。22名全員がそろう。

12月14日(月)
 ●研修2 北シェーランドのエコビレッジ・デュセキレ見学・研修。
 ●研修3 クーゲの環境事務所グーゲ・グリーンハウス訪問 エネルギーサービス東ジーランド支部
 Mr. Christian Oxenvad, エネルギー情報サービス(Energitjenesten)
 Ms.Ane Kollerup, グリーンハウススタッフAgenda 21

12月15日(火)
 入場制限がかかりベラセンターに入場できたのは5名。残りはKlimaforum09(ビア・カンペシーナなどNGOの確保した建物)に行き、ここで見学とパフォーマンス。

12月16日(水)
 この日から入場制限が強化され、代表団はベラセンターに入れなくなった。
 ●研修4 ロスキレ市役所環境課訪問 Roskilde kommune
 PIC:Mr. Hans Chr. Jensen(ハンス・クリスチャン・イエンセン)
 ●研修5 ロスキレ市高齢者委員会委員長レクチャー
 Ms. Kirsten Feld(キヤステン・フェルト)

12月17日(木) 自由行動日

12月18日(金)
 朝、ダンホステルをチェックアウト。
 ●研修6 消費者組合訪問。
 PIC:Mr. Thomas Roland, div. chief(トーマス・ロランド)
 そのまま空港へ。夕方コペン空港出発、帰国の途へ。

12月19日(土) 午前11時過ぎ、成田空港着。






◆ 地球の温暖化をとめるCOP15の成功を! ◆
◆ グローバルアクション・東京パレード ◆



□ 師走の12月12日、人・ひとが溢れる渋谷駅前に和太鼓の音が響き、「地球の温暖化をとめるCOP15の成功を!」のアピールがわき起こった。この日はコペンハーゲンと世界各地を結ぶ同時アクションデー。東京で「東京パレード2009」がおこなわれ、京都では「京都アクション2009」が。

□ 300名の参加した賑やかなパレードはシロベエ実行委員長を先頭に代々木公園けやき並木通り(NHK放送センター横)を13:30出発。なんといっても和太鼓の勇壮な音が沿道の注目を引きつけ、シロクマ群団、真っ赤なカッコいいベロタクシー、プラカードや林立するノボリ、公害・地球懇や新婦人の横断幕などが加わり、パレードの趣旨をしっかりとアピール。渋谷区役所〜渋谷駅〜宮下公園までの30分ほどの短いコースではあったが、小春日和の好天にも恵まれ楽しく行動できた。

□ 14:00からはハチ公前を舞台に宣伝行動(全労連宣伝カー)。パレード参加者も合流。気候ネット・桃井さんの司会で進行した。仮面の鳩山首相がオバマ大統領に「おたくの削減目標は低すぎる」と迫るとオバマ大統領が「問題は中国だ」と逃げるという寸劇が演じられ、シロベエ実行委員長が「時間がない。待ったなし」と割って入る。なぜか寅さんが登場して「それを言っちゃぁお終いよ」と突っ込みを入れ、聴衆から笑い声が起きた。

□ 前夜の雨の中を高尾山から歩き続け、当日も井の頭公園からのエコウォークに参加した坂田さんはへとへとになりながらも元気を絞り出し、天狗(奥田)さんと一緒に「自然と人を大切にしたい。地球環境を守るためにも高尾山にトンネルは要らない」と訴えた。また、新婦人・岡田さんは「一人ひとりが声をあげ、行動すること」を呼びかけた。

□ この東京パレードはMAKE the RULE実行委員会が主催し、公害・地球懇、FoEジャパン、気候ネット、みどりの未来などの団体が中心となって準備にあたった。渋谷駅周辺には驚くほど多くの人々が湧き出てくる感じであり、留まり・動き出すという人の流れのなかで、みんなの関心を引きつけ、楽しく賑やかにアピールできたとすれば貴重な成果。コペンハーゲンと結ぶ東京行動の2時間であった。

[JNEP事務局長:清水 瀞]




◆ 水俣病全面解決に向け東京常駐体制へ ◆

○ 水俣病不知火患者会 林田 直樹 ○


  水俣病被害者救済の早期全面解決は、2010年前半—第35回全国公害総行動までの半年間の奮闘にかかっています。
 特措法成立後、結審・判決を勝ち取ることと並行して、「不知火大検診」を成功させ、和解による解決の可能性を切り開き、「裁判上の和解にむけての事前協議」がノーモア・ミナマタ全国連と環境省(田島一成副大臣ら)との間で続けられています。
 一方で、過去最大に膨れあがった熊本の原告数は2,000人を突破し、解決のカギを握るまでに成長、また、大検診の結果、対象地域の拡充見直しは必須となり、一定の成果を得ています。しかしながら、力関係は拮抗しており、すべての被害者救済を勝ち取るには厳しいつばぜり合いが続き、予断を許しません。
 そのため、早期に事態を優位な条件の下で和解勧告を引き出すべく、2月7日には、首都圏に移住した現地出身者(被害者)の掘り起こし検診を東京民医連、水俣病東京の会等の協力を得ながら実施し、東京における提訴を2月24日(予定)にやろうというものです。また同時期、並行して東京および全国的な支援を強化し、世論形成を図っていくものです。
 私はそのため東京常駐し、戸別訪問をしながら、県外移住者の救済を図るべく、取り組みを強めていきます。
 みなさん、この闘いは、今後のわが国における公害問題の行方、環境行政のあり方を左右していくことになります。ノーモア・ミナマタの名にふさわしい闘いを勝ち得るべく、今年1年、ご支援をお願いしたいと思います。

 





◆ 環境アセス法10年見直しの各界ヒアリング ◆
◆ 公害・地球懇 小池信太郎代表幹事が発言 ◆



 1999年6月に全面施行された環境影響評価法(事業アセス法)は2009年6月に施行後10年目の見直し時期をむかえた。現行法の抜本改正と戦略アセス法制定が求められるなかで、12月11日に「今後の環境影響評価制度のあり方」に関するヒアリングがおこなわれ、公害・地球懇、電事連、日弁連、風力発電協会、野鳥の会、環境アセスメント協会、自然保護協会、ダム・発電関係市町村全国協議会など8団体の代表が意見を述べた。
 トップをきった電事連(関西電力)代表は冒頭から、「発電所アセスでは環境影響に配慮しており、手続きや評価内容について信頼を得ている。過度な事業者への負担となることがないように…。事業アセス(EIA)で出来るだけのことはやっている」と述べた。そして、発電所に環境ガイドラインによるSEAを導入することは「企業経営の妨げとなる。事業計画の実施を困難とすることから受け入れられない」と、企業エゴ丸出しの主張をおこなった。
 このあと公害・地球懇代表として、小池信太郎代表幹事が「環境影響評価法の見直し・強化と戦略アセスメント法制化」の発言文書にもとづき、10分間のポイント説明をおこなった。環境破壊の未然防止の政策としての「環境影響評価制度」の重要性を強調し、科学者・住民の知見・意見を取り入れた意思決定のしくみを求めた。また、圏央道・有明海 など具体的な事例をあげて現行アセス法の問題点 —事後評価がされず、異議申し立ての手続きがないこと— を指摘した。発電所アセスでは燃料の選択(なぜ石炭か)は問われていない。
 戦略的環境アセスの法制化を求めて発言を終わったが、3人の委員から「効果的な手続き-公聴会のもち方は」「現在の仕組みの評価-発電所の際は」「戦略アセス導入の2段階-大事にしたいところは」の質問があった。

[同行者:清水瀞]

  




◆ JNEP情報2009年12月 ◆

◇ 大気汚染
 環境省は2008年度の「大気汚染状況」を発表した。
 NO2の環境基準達成率は、全国の自排局で95.5%だったが、都道府県別では、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県、愛知県、三重県で90%未満であった。
 浮遊粒子状物質(PM2.5ではない)の環境基準達成率は、全国の自排局で99.3%だったが、都道府県別では、静岡県、島根県で90%未満であった。
 光化学オキシダントの環境基準はほとんど達成されていない。

◇ 自動車騒音常時監視
 環境省は2008年度の「自動車騒音常時監視の実施状況」を発表、住宅では騒音環境基準を昼間または夜間に超過した住宅は全体の10.2%、昼夜とも超過は4.9%だった。このうち幹線道路では騒音環境基準を昼間または夜間に超過した住宅は全体の17.2%、昼夜とも超過は8.2%だった。また、幹線道路のうち国道では騒音環境基準を昼間または夜間に超過した住宅は全体の24.9%あった。
 さらに、幹線道路近接空間のうち国道では、夜間騒音測定で環境基準値を超過した地点は全体の52%あった。

◇ ダイオキシン類の排出目録
 環境省は2008年度の「ダイオキシン類の排出目録」を発表した。合計量は215〜223[g-TEQ]で、2003年比43%減であった。
 主なものは廃棄物焼却施設で、小型廃棄物焼却炉が48-53[g-TEQ]、一般廃棄物焼却炉が42[g-TEQ]、産業廃棄物焼却炉が41[g-TEQ]であった。また、製造業では製鋼用電気炉が33[g-TEQ]、鉄鋼業焼結工程が22.5[g-TEQ]、アルミニウム第二次精錬・精製施設が9.7[g-TEQ]などとなっている

 




◆ 公害・地球懇 活動日誌

12月
    
    1日(火)◇千葉県交渉(PM2.5)
    2日(水)◇大気埼玉県準備会/埼玉県交渉(医療費助成 PM2.5)
    3日(木)◇薬害イレッサ宣伝行動
         ◇水俣病国会請願行動
    4日(金)◇風の会学習会(消費者庁発足)
    5日(土)◇公害・地球懇温暖化対策推進委員会/同 第3回幹事会
    6-7日(日-月)◇公害総行動実行委員会「熱海合宿」
   10日(木)◇有明海農水省前宣伝行動/農水省交渉
         ◇公害・地球懇COP15代表団出発(成田)
         ◇東京あおぞら連絡会地域活動交流会(第5回幹事会)
   11日(金)◇「環境影響評価制度に関するヒアリング」(小池信太郎JNEP代表幹事の意見)
         ◇泉南アスベスト環境省前宣伝行動(TV取材)
   12日(土) ◇温暖化をとめるCOP15の成功を! グローバルアクション東京パレード(渋谷)
   13日(日)◇東京公害患者会幹事会
   17日(木)◇水俣病首都圏検診・東京提訴相談会
         ◇有明海東京・首都圏の会委員会
   19日(土)◇公害・地球懇代表団帰国
   21日(月)◇千葉あおぞら連絡会準備会
   22日(火)◇東京あおぞら連絡会代表委員・常任理事会議
   23日(祝)◇ノーモア・ミナマタ 第4回全国連絡会議(京都)
   24日(木)◇環境・交通・まちづくり市民フォーラム実行委員会(東京都交渉)
   25日(金)◇ 同上 パネル展示(主婦会館)終了
   26日(土)◇公害・地球懇 「25%削減国内対策提言」の素案討議

     ◇東京公害患者会事務所移転
     旧 文京区小石川 5-33-7
     新   〃    5-34-12アビタマツモト2F
       TEL / FAX / E-Mailなどは今までと同じ
    



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