タイオキシン   
  復帰40年報道特別番組「枯葉剤を浴びた島」
20120515 
復帰40年報道特別番組「枯葉剤を浴びた島」
ベトナムと沖縄・元米軍人の証言
琉球朝日放送

"We just can't get along without Okinawa."
沖縄なくして(ベトナム戦争は)続けられない。
  (アメリカ太平洋軍 グラント・シャープ総司令官 1965年) 

ベトナム戦争が泥沼化した1960年代、沖縄は前線基地として利用されていた。タバコやトイレットペーパーから武器や弾薬まで、沖縄経由で送られていたのだ。
あれから40年経ったいま、新たな疑惑が持ち上がっている。
ベトナムで300万人以上が後遺症に苦しんでいるという枯れ葉剤。その枯れ葉剤が沖縄でも使われたというのだ。
QABでは沖縄における枯れ葉剤問題を取材しているフリージャーナリストのジョン・ミッチェル氏とともにアメリカで元軍人7人にインタビューを実施した。
「蚊を殺すため、基地のフェンス周りの除草のために
 使った」(泡瀬通信施設に勤務していた男性)

「枯れ葉剤は大体2か月に1回運ばれてきた」
(那覇軍港に勤務していた男性)

彼らの多くが糖尿病や血液のガン、重い皮膚病などに苦しみ、子どもや孫も障害を持って生まれてきている。「問題は影響が世代を超えていくかもしれないということ。私の 孫の代まで影響を受けている」
(キャンプ瑞慶覧に勤務していた女性)
元軍人たちの証言によると、枯れ葉剤が保管、使用されていたとみられる県内のアメリカ軍基地は15カ所に上る。
しかしアメリカ政府は「沖縄で枯れ葉剤が保管されたり、使われたりしたという記録は見つかっていない」と否定している。
番組では、沖縄の本土復帰40年の節目にあたる今年、枯れ葉剤の問題を通して、沖縄にあるアメリカ軍基地が戦争とどのように関わってきたのか、そして、アメリカ軍に土地を提供するということはどういうことかを問う。
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5月20日(日)午後2時放送 「ザ・スクープ・スペシャル」 沖縄返還40年特別企画 米軍は沖縄で枯葉剤使用した!?
テレビ朝日
http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/Frameset/main.html


1972年5月15日にアメリカから返還された沖縄は、ベトナム戦争を戦う米軍の補給・前線基地だった。今年、本土復帰40年を迎えた沖縄だが、普天間問題が暗礁に乗り上げるなか、新たな「戦争の負の遺産」問題に揺れている。
ベトナム戦争で大量に散布され、多くの奇形の子供たちを生み出し、今でも現地に深刻な土壌汚染や遺伝的影響を残す枯葉剤。その枯葉剤がベトナム戦争の最中、沖縄に持ち込まれ、そして、沖縄でも使用されていた疑惑が浮上したのだ。

日米両政府は一貫して枯葉剤が沖縄に持ち込まれたことすら否定しているが、長年の沈黙を破り、沖縄に駐留していた退役軍人たちが封印された真実を語り始めた。
さらに、取材を進める中で、沖縄で枯葉剤に被曝したとして健康被害の補償を認める米国退役軍人省の公文書や、沖縄への持ち込みを示唆する機密文書の存在も明らかとなった。

猛毒のダイオキシンを大量に含む枯葉剤の存在はけっして過去の出来事ではない。
今回取材に応じた16人の元米兵たちも、今なお枯葉剤の後遺症と見られるがんや糖尿病などで苦しんでおり、その影響は子供にまで及んでいる。また、それら枯葉剤の多くは、日本政府が手を出すことのできない米軍基地の中で使用され、今も、さながら「ホットスポット」のごとく土壌を汚染し続けている可能性を指摘する専門家もいる。

1961年に米軍が初めてベトナムに枯れ葉剤を散布してから半世紀。
そして、沖縄が返還されて40年という節目に、太平洋戦争の地・沖縄で交わる、もうひとつの戦争との「点と線」を取材した。