(04/11/05 更新)

温暖化ガス削減国際交渉の経緯と日本

 

ロシアの京都議定書批准と日本の対策強化について

ロシアの京都議定書批准方針
 2004年9月下旬にロシア政府はこれまでの方針を転換し、温暖化防止のために先進国に具体的な削減目標を課した京都議定書を批准(国として正式に議定書に従うとの意思表示)する方針を示し、議会に承認を求める議案を提出した。上下両院は同年10月中にはこれを承認し、それを受けてロシア政府が批准書を国連事務総長に送付、2005年3月までには京都議定書が正式に発効(各国の削減義務などが正式に効力を発すること)する。
 ここでは、まず国際協定の手続ルールを解説し、次に1997年の地球温暖化防止京都会議以降の各国の動きをふりかえり、最後に日本の国内政策への影響について考える。
 
議定書の発効とは
 気候変動枠組条約や京都議定書などの環境関係条約を含む国際協定では、政府代表団が条約会議で合意し署名するだけでなく、各国がその義務に従うことを各国の手続に従って国会などで承認を受け、国連などに報告してはじめてその国が受け入れたとみなされる。また、国際協定の多くは、それが効力を発する条件として一定の条件を設けている。
 京都議定書の場合は(1)55以上の国の批准(受け入れ)、(2)1990年の先進国(附属書I国としてリストアップ)の二酸化炭素排出量の55%以上を占める国の批准(受け入れ)、という2つを満たした90日後に「発効」(効力を発すること)と規定している。
 先進国の大半32カ国とECは既に京都議定書を批准し、途上国を含めてこれまでに126カ国・地域が批准を済ませているので最初の条件は何ら問題がないが、2番目の条件ではまだ44.2%の国が批准するに留まり、1990年の先進国のCO2排出量の実に36.1%を占めているアメリカ、17.4%排出のロシアのいずれかの批准がないと発効しない。
 今回、ロシア政府が批准方針のもと批准承認議案がロシア両院を通過したことで2番目の条件も満たされ、いよいよ京都議定書が正式に動き出すことになる。それは議定書の定めた各国への排出削減などの義務が具体的に課され、ものによってはそれに違反すると国際法違反と非難されることになることをも意味する。
 
京都議定書をめぐる各国のこれまでの動き
 次に、1997年の合意以降、議定書が正式な効力をもつに至るまでになぜこんなに時間が経ってしまったのかを検証する。
 2000年末にアメリカでブッシュ政権が発足、2001年初頭に京都議定書からの離脱を表明し、目標達成も拒否、GDPあたり排出量を削減するという目標を掲げた。この指標は排出量が増加しても経済成長でGDPが上がれば目標達成になるというもので、予測として総量では2010年までに1990年比30%以上の増加となり、京都議定書の7%削減の代替にはなり得ない極めて非常識なものであった。オーストラリアも批准を拒否した。
 これに先立つ1998年秋の条約会議では運用ルールの合意ができず、2000年までの合意を申し合わせたが、2000年秋の条約会議には日米カナダ3カ国が森林吸収を拡大解釈して事実上3カ国のみ削減目標を引き下げる提案を行い、会議は決裂した。
 2001年7月の条約会議では、議定書の発効に日本の批准が必要になったために、世界は日本の主張を受け入れて運用ルールでようやく大筋で合意に達した。日本は森林吸収で特別扱いを求め、日本以外の全ての国が合意している案に強硬に抵抗、日本のみ例外を認めさせた。日本の抵抗を見たロシアはその直後に特別扱いを要求している。京都議定書の運用ルールはその年11月の条約会議でようやく包括合意に至った。この時も日本政府は目標を守らない国に対する厳しい措置に強硬に反対し、この決着を先送りさせた。この時点までに京都の合意から4年が経過、その後もロシアは議定書批准方針を明らかにしないままさらに3年が経過した。
 
日本政府の条約会議での動き
 日本政府がこれに対してどう対応してきたかを振り返っておくのも重要である。日本政府は温暖化防止の共通ルールへの建設的提案をしたことはほとんどなく、一貫して日本はこれしかできないという態度に終始してきた。日本政府の提案は選択肢方式で、日本あるいはアメリカが選択すると削減義務が大幅に免除されるような選択肢を必ず含んでいる点に特徴がある。こうした条約会議における後ろ向きの対処方針は、対策強化を求める国民の意見に反し、一度も国民の意見を聞くわけでもなく国会の承認を得るわけでもなく密室で決められてきた。

日本政府の条約会議での対応・意見


条約会議 主要な論点 日本政府の意見 交渉結果
1992年 京都議定書の親条約である「気候変動枠組条約」の成立までの会議 条約に先進国の削減目標と達成期限を盛り込むべきかどうか 日米は拘束力ある目標に反対、自主的に誓約をしてレビューを受けるしくみを提案 日米の意見を採り入れゆるい条約として発足
1995年 第1回条約会議(ベルリン) 先進国の削減強化を議論。島嶼国グループが先進国に20%削減を求める議定書案を提出日本は議定書案に反対 欧州諸国と大半の途上国がこれを支持したが、日米などが反対して合意できず2年後までに先進国の削減義務の法的文書をつくることで合意
1996年 第2回条約会議(ジュネーブ) 先進国の削減強化の具体化を議論削減目標を拘束力あるものにすることに日本は米国などと共に反対 会議中に米国が賛成に転じ日本は孤立、合意を受け入れた
1997年 第3回条約会議(京都)およびその準備会議 先進国の削減強化の具体化を議論。EUは15%削減提案、アメリカは当初ゼロ提案。日本は2.5%削減しかできないと後ろ向きの姿勢 会議後半に米国はゴア副大統領(当時)の指示で高い目標を受け入れ、合意に貢献。報道によればEUが8%、米国が7%削減受後も日本は6%削減に抵抗
2000年 第6回条約会議(オランダ・ハーグ) 議定書の詳細ルールを議論。特に海外削減のしくみ利用の歯止め、森林吸収ルールの歯止めで国内削減をどう重視させるか議論日米カナダが、森林吸収分を3カ国にだけ特別に多く認め、事実上3カ国の削減目標を引き下げる提案 日米カナダが自国提案に固執し、会議は決裂
2001年7月 第6回条約会議再開会合(ボン) 議定書の詳細ルールを議論森林吸収を日本にだけ特別に多く認め、事実上日本の削減目標を引き下げる提案 日本政府代表団の抵抗で合意が1日のび、結局日本にだけ特別扱いを認めて大筋合意に。ロシアも日本に続き特別扱いを認めさせる
2001年11月 第7回条約会議(モロッコ、マラケシュ) 議定書の詳細ルールの更に細部を議論7月に大筋で合意したはずの、目標を守れなかった国に対するルール(計画策定義務など)に強硬に反対 詳細合意。ただし目標を守れなかった国に対するルールの決定を先送り


日本の国内対策はどうか?
 京都議定書発効で、日本にも義務が生ずる。日本の目標はCO2など6つの温室効果ガス排出量を2008〜12年平均で1990年比(代替フロン類は1995年)6%削減である。1990年はバブル経済絶頂期で建設ラッシュ、製造業はフル稼働であり、CO2の6%削減は1988年レベルまで、わずか2年前に戻すだけなので、政策を強化して一生懸命対策を取れば容易に削減できたはずであった。環境NGO・CASAは2000年の報告で、対策強化により原発増設なしでも10%以上の大幅な削減が可能で、しかも対策による燃料代・電気代節約は省エネなどの設備投資を遙かに上回り、日本経済に計り知れないプラスをもたらすと予測している。ところが実際には排出量は2002年までに7.6%も増え、6%削減にはほど遠い。これには4つの理由がある。

 まず、大量生産社会を継続し、温暖化対策に逆行することを繰り返した。公共事業を拡大、道路を優遇して自動車交通量増加を放置した。またCO2排出量が天然ガスの2倍もある石炭火力発電所を3倍近くに増やした。排出増はこれを放置した政策の帰結である。

 2点目に、目標の弱さがある。日本政府の政策は「地球温暖化対策推進大綱」にまとめられている。ここでは国内削減はわずか0.5%で、残り5.5%は森林が吸収したことにする(植林で吸収量を増やすのではなく、国際ルールの日本むけ特例)のと、海外で減らしたことにして「達成」することにし、もともと国内で削減する目標になっていない。

 3点目に、対策の弱さがある。「大綱」では、エネルギー消費が増えても原発を増設すれば帳尻が合うとして見るべき対策をとらず、産業部門の省エネの徹底、民生運輸の建築物・機器効率向上、自然エネルギー普及、脱フロン対策などは全て弱いままであった。

 4点目に、政策の弱さがある。産業対策の大半を「自主的取組」に任せて、産業の効率悪化を放置してきたのが典型的である。省エネ対策などで何トン削減と数字があるものの、その達成が法的に担保されているのは全体の2割に満たない(環境NGO・気候ネットワーク調べ)。また、自動車や機器や建物の効率に大きく左右される民生部門・運輸部門については、国土交通省がこれまで建物の断熱基準の規制化に反対してきた結果、基準を守らない建物が続出し、その結果民生部門の冷暖房エネルギーを増加させてしまった。機器や自動車の省エネについても、大型機器や大型自動車に甘く、しかも適用除外も多い抜け穴の多い規制により、民生部門の電力需要、自動車の効率を全体として悪化させてしまった。
 日本の7.6%増加は、このような政策の当然の帰結である。今年2004年は大綱の点検の年にあたり、目標達成が不十分なら対策を強化し、それを促す政策を強化することになっている。京都議定書発効により、これまで政策の担保がまったくない産業対策をはじめ、政策を抜本的に強化することが不可欠になったといえる。

 また、京都議定書の2008〜12年の削減目標は最終目標ではない。今後も大幅な削減を継続することが必要である。このための国際交渉は来年から正式に始まるため、中環審で議論され始めたような、長期的な科学の要請に合致した削減目標強化を議論することがますます必要になっている。日本がこの交渉で建設的なリーダーシップを発揮できれば望ましいが、少なくとも削減強化の前向きの議論を妨害しないことが必要であり、経済産業省や一部産業界による京都議定書反対・対策強化反対の動きを許さない運動が必要である。