いま、人類に課せられた課題に対し、「温暖化まやかし論」などの批判的意見が目立っている。こうした意見の根本的な欠陥は、人類が抱えている問題は、単に地球温暖化問題があるというのではなく、次に述べる7つの大問題が同時に発生していることを認識していない点にある。
つまり、仮に、地球温暖化において一部まだ解明されていない点があったとしても、金融資本主義の腐敗などの残りの6点を考えると、現代社会は明らかに持続不可能に陥っており、早急な根本的な是正が必要になっているのである。
その理由を探れば、多くの人が、地球温暖化の問題と答えるだろうが、もちろんそれが第1の課題である。それは同時に、大量生産・大量消費・大量廃棄をもたらす現代の物質文明による自然破壊の広がり=人類の生存条件の堀りくづしである。ここから現代文明の転換が必然的な課題となる。
人類史上、何回かの大きな気候変動があったが、それを人類は、農業革命、産業革命などの技術革新を通じて乗り切ってきた。今回の気候変動も、そうした過去の気候変動に匹敵したものであり、持続可能な生活様式・生産様式への根本的な変化によって乗り切らなければならない。それは、大量生産・大量消費・大量廃棄を伴う現代の物質文明するという課題でもある。
問題なのは、人類の持続可能な生存がかかっている課題が、さらに6点あるというところにある。つまり、
第2の問題点は、有害化学物質の使用と排出・蓄積によって、多くの生物が存在できない状態=生物の多様性が維持できない状態が続いているということである。
生物の世界では多くの染色体の異常が発見され、生殖不能に陥っている生物も多く、生物の多様性が維持できなくなっている。このことは、人間の生存条件を狭めるものであることを強く認識することが必要だろう。
第3の問題点は、ピークオイルの問題、希少資源の枯渇の問題である。
現代では、再生資源・エネルギーの枯渇の問題が現実化し、それと同時に、多量の化石燃料に依存する生活・生産様式の継続が不可能になりつつある点であり、とりわけ農業が持続不可能になり、食糧危機が表面化してきたことである。
日本人は、食料生産・建築物・自動車などすべてのエネルギー使用で、1日に6.7リットル(6万7000kカロリー)の石油を使っている。人間が食べ物として1日に摂取するエネルギー2700kカロリーと比べてみるとその大きさが明らかとなる。
このエネルギー源である石油が枯渇すれば、①天然ガスなど代替のエネルギー源を使って過渡期のエネルギー対策を打ちつつ、②再生可能エネルギー源を開発し、その範囲内で生活する生活・生産様式に転換していく以外に道はない。次世代に大きな負担をかける原子力などに依存することは、次世代に生きるものに対する犯罪となる。
加えて、石油が枯渇に向かう過渡期には、石油を武力で奪い合う暗黒の時代が来るかもしれない。そうした悲劇的な事態に陥らないようにする上で、平和憲法と技術を持つ日本の役割は特に大きい。現代は、すでにそうした新しい生活・生産様式をつくるときが来ているのである。
「ピーク・オイル」に象徴されるように、化石燃料と希少資源の枯渇という問題が目前に迫ってきた。現在までは、石油など再生不可能エネルギーを大量に浪費することで発展してきた文明を基盤にしてきたし、とりわけ自動車産業、飛行機、高層ビル、プラスティック産業、農林水産業は、豊富に見えた石油など再生不可能資源に依存してきた。その石油が枯渇した場合に、それを代替するエネルギーは、もはや地球上にはないものと考えなければならない。つまり、地球温暖化問題がなくとも、ピークオイルゆえに、人類は化石燃料の使用を大幅に削減しなければならない状態に追い込まれているのである。
化石燃料に関しては、人類にとって、石油・天然ガスの世紀は約100~130年年程度のものであり、その他の化石燃料を使用できる期間でもせいぜいあと百年程度の期間でしかない。この有限の資源・エネルギーを、アメリカのように軍事力のあるものが力で奪い、それを浪費し、力のないものには格差を押し付けるという現代社会の延長線上では、人類は、社会的に持続不可能に陥らざるをえない。
さらに言えば、「エコロジカル・フットプリント」の理論からみると、世界中の人が、現状のアメリカの生活様式を続けようとすれば、現状のエネルギー使用状態でも、地球は4個以上(5個)必要となる。日本やヨーロッパなみの生活様式をしようと思えば、地球は2個以上(3個)必要となる。それと同じ内容の生活を中国やインドなどの発展途上国がしようとすれば、それは絶対に不可能である。
それゆえに、人類は、全体として、地球1個分の生活に変えなければ、人類は長期的に持続不可能になるのだから、資源エネルギーを大量に浪費するいまの生活・生産様式を継続できないことは、資源の有限性という視点からも明白なのである。
人類の未来を考えると、どうしても、地域にある再生可能資源・エネルギーを中心とした「地域循環型社会」をつくりあげ、化石燃料が枯渇するまでの過渡期においては、エネルギーの公平な分配を可能にする「エネルギー・デモクラシー」の社会を作り上げる必要があるのである。
この面からも、現状の大量収奪・生産・消費・廃棄社会が持続不可能に陥っていることは明白であり、資源エネルギーの使用を、人類平均では現行の5割減、先進国は、80~95%減にしなければならないことも明らかになっている。
第4の問題点としては、化石燃料の多消費によって弱い実態基盤のうえに膨張することが可能になった食料生産、それで可能になった「世界的な人口圧力」と、それがゆえに深刻になるだろうと予測される世界の「食料危機」の問題がある。
人類は、化石燃料を大量に浪費することによって、架空の食料生産力と人口扶養力を身につけ、それが発展途上国での急速な人口増可能にした。ところが、「オイル・ピーク」とともに石油資源を原材料とする肥料・農薬・農業機械等は、現状水準を維持することが困難となり、人口扶養力は減退せざるをえない。その意味で、人類は、膨大な飢餓人口を生み出さざるをえない道を、すでに歩み始めているのである。この意味で、人類の未来は地獄絵図にちかいものとなるが、そこから逃れるためには、食糧増産が可能な地域で増産をし、他方では、それを「適正に配分し、飢餓を克服し、教育を強めて、発展途上国の人口増を抑制する」以外に道はないのである。
日本の食料自給力を引き上げなければならないゆえんである。
第5の問題点としては、現代資本主義が金融資本主義に転化(「カジノ資本主義」)し、それによって、自壊をし始めたことである。
自壊作用は、以下の6つの分野で広がっている。

現代資本主義は、自壊作用に入った。
現代資本主義は、1970年代の後半までは、実際の使用価値の生産と労働生産性をあげることを重視し、資本主義の黄金時代を迎えた。
ところが80年代に入ると、バブルを頻発させるようになり、そのたびごとに、金融資本主義化し、悪質な行動が目立つようになっていった。
そして今回の金融危機である。
資本の論理が支配する金融資本主義のもとでは、つねにバブルと投機を求め、ルールのない資本主義となり、使用価値の生産より、それを支配し、利益を上げることのみを重視するようになる。そこでは、少数の金持ちだけが競争の勝者となり、多くの人々が敗者に追いやられる、これが本質となる。
そこえ、まず、金融資本主義に転化した現状を確認しておこう。

本来であれば、金融資産は実物資産より少ないか、実物資産と同額程度の規模に納まるべきである。それが人類の歴史の中で永い期間続いてきたことであった。
ところが、近年、アメリカはじめ資本主義国が、三つの赤字(①貿易収支、②財政収支、③家計収支)のゆえに、多額の不換紙幣を発行しているこことに加えて、各種の債券の大量の発行のため、実物資産に比して金融資産だけが激増するという事態が生み出されている。世界の実物資産である、名目GDPは、1990年に22.9兆ドルだったものが2008年10月には、60.1兆ドルとなったが、金融資産のほうは、90年の40.6兆ドルに比べて、166.8兆ドルに増加し126.2兆ドルの増加となっている。ところがこの間のGDPは37.2兆ドルの増加でしかない。実物資産の増加に比べて、金融資産の増加は3倍以上となり、総額でも約3倍になっているのである。現代社会においては、金融資産の増加分は、ほとんどが多額の金融資本を持つ資本家の手に入る仕組みになっているので、これが所得の格差を拡大する最大の要因となっているのである。
その結果、①多数の市民に「人間にふさわしい仕事」を提供できなくなり、②社会保障制度では、だれにでも適用される普遍的な社会保障制度が非常に弱くなり、③農業と中小企業の自立的存立が難しくなり、④大都市とそれ以外の都市間格差が増大し、多くの地域経済の自立が困難になっていることである。限界集落、限界都市という言葉さえも使われるようになった。また、障害者、高齢者、母子家庭、失業者などの対策、医療・介護保険も劣悪になり、そのことが原因となって、貧富の格差がさらに大きく開いていくのであり、多くの人が生存権さえ脅かされるじたいとなるのである。
