現代の公共性は、日本だけが生き残ればよいと言うタイプの公共性ではない。資源がない国の行き方として、世界中と対等平等の友好関係を持ちながら、相互互恵の貿易に徹していかなければならない。
以下に述べるように、人類が直面する以下に述べる7つの課題を解決する方向での、国際的な公共性でなければならない。
いま日本を含めた人類は、かって経験したことのない七つの深刻な課題に直面している。
それは、第1の問題点は、地球温暖化の問題である。今年十二月には、デンマーク・コペンハーゲンでCOP15が開かれ、京都議定書の後の温暖化効果ガスの削減目標が具体化される。アメリカがオバマ大統領になって、この課題に真剣に取り組むことになったし、遅れていたオーストラリア、カナダも、積極的な取り組みの方向に変化しつつあるので、変化できないで残るのは、日本だけになりかねない情勢である。
第2の問題点は、有害化学物質の使用と排出・蓄積によって、多くの生物が存在できない状態=生物の多様性が維持できない状態が続いているということである。
第3の問題点は、再生資源・エネルギーの枯渇の問題が現実化し、それと同時に、多量の化石燃料に依存する生活・生産様式の継続が不可能になりつつあるということである。
第4の問題点としては、世界的な人口増と「食料危機」の問題がある。
第5の問題点としては、資本主義が金融資本主義に転化し、失業・貧困が広がり、格差が拡大し、社会的正義が実現されていない、地域が自立できないという問題点が世界全体に広がってきたことがある。
第6の問題点としては、アメリカ等の大国が、日常的に強大な武力と戦争に頼る「戦争体制国家」に陥っているという問題である。武力と戦争に頼って、資源エネルギーを確保しようとするアメリカ流の支配方式は、世界中から拒否され、限界に達している。
第7の問題点として、大規模な詐欺や不正など犯罪の増加と人間力の劣化、非人間化、人間性の貧しさが進んでいることである。
人類を持続不可能に追い込んでいるこれらの7つの問題点自体が、アメリカ・日本などの資本主義が行ってきた従来政策の失敗を論証していると言ってよい。それなのに、現在の日本における公共性の論議は、これらの大きな課題に取り組む問題意識と具体的な政策が非常に弱い。ただ、従来続けてきた「欧米流の大量生産・大量消費・大量廃棄を伴う資本の高度成長政策」の政策でしかない。このような、7つの問題解決に向かっていない政策の延長線上では、真の公共性を確立することはできない。
将来に展望が持てないという現在の不透明感は、いずれも、その根源をこれら7つの問題点に起因しているのである。そうであるならば、日本における「新しい公共性」を論じるにあたっては、これらの課題の解決方向を描きながら論議と政策を進めることが必要なのである。
その意味では、現代の公共性論議は、日本だけの閉じこもった論議に終わらせずに、国際的な合意を視野に入れて、人類の新たな幕開けにつながる論議にならざるをえないのである。
この論議をするに当たって、先達の議論からの引用を中心に組み立ててみたい。そこで、
当時東大総長 佐々木 毅、将来世代総合研究所長 金 泰昌編『公共哲学Ⅰ 公と私の思想史』(東大出版会、2001年所収)の論文・座談会からの引用を以下に【 】で示してゆきたい。
現在の世界を覆っている価値観は、19世紀に産業革命、市民革命として発生し、20世紀により体系化された「近代欧米社会の価値観」である。
この価値観にしたがって、欧米の列強は、植民地をつくり、資源の活用面で世界の支配を強めていった。
そこでは、資源エネルギーを大量に使用し、浪費する産業構造をつくりあげた。GDP(国民総生産)、売り上げ、利益を重視する経済システムもつくりあげた。
第一次世界大戦、第二次世界大戦始め、大小の戦争を行い、軍事技術も発展させた。
現代では、技術革新を一層進め、金融資本主義とグローバリゼーション=市場原理主義の支配を強めた。
世界銀行、IMF(国際通貨基金)、ガット、グローバリゼーション、市場原理主義などの資本本位の経済システムを作り上げた。
その結果として、上でまとめているように、7つの大きな問題を生み出し、人類を持続不可能に追い込んでしまった。
その根源は、「近代社会の価値観・哲学」が、人間にとってもっとも大切な人間の生存と生存のための使用価値の再生産を保障するという基本的な課題を充足できないことに求められる。そこで、人類にとって、以下の「国際的公共性の課題」が出てくるのである。
【われわれの問題意識は、最近起こっているいわゆる私物化、私事化、私心化、利益化という傾向に対してどういう対応が出来るかということだった。その根本に閉鎖化、秘密かという問題があると思った、それをどうすれば開くのか。→結論的には「公開性」「共同性」に重点を置いた、新しい公共哲学が必要だ。それも各国を単位としながらも、国際的に通用する公共哲学でなければならない。】
多元性の理解に立ったというが、日本がアメリカのほうしか見ないで、それ以外の世界中の国々に対する理解の浅さはどうしても克服しなければならない。例えば、我々は、次の如くに理解しているであろうか。
【イスラムにおいてはキリスト教の場合に見られるような「正統と異端」の観点がほとんどないと言う点も、非常に重要である。
さらに注目される点は、しばしば取沙汰される「偏狭で独善的・排他的・攻撃的なイスラーム」というイメージとまったく逆に、イスラームが実に厳しく自己批判の立場に立つ宗教だということである。自分たちがいかに弱く危うい存在であるか、そしていかに誤謬と迷妄に陥りやすいかを自覚し、神のヒダーヤ(導き)によって逸脱と彷徨とを脱し、正しい道に引き入れられるよう、ひたすら乞い願う(クルアーン開巻第1章)〈現状〉否定がたえずイスラーム思想の展開のバネになっており、そこでは、つねに強烈な〈原点〉回帰志向が働くのである。そもそも、預言者ムハンマドの運動それ自体が、〈アブラハムの宗教に立ち戻れ〉という呼びかけであった。】
また、イスラム経済の特徴は、今回の金融危機に対する強烈なアンチテーゼになるのではなかろうか。こうした経済思想が現実に存在すること自体が驚きである。
【イスラム経済論の重要な柱は、(a)福祉目的税としての〈ザカーと(貴捨=公共福祉税)〉の制度の充実であり、(b)不労所得としてのリバー(利子)】の禁止、それにともなう無利子銀行の活動であり、(c)情報ネットワークを通じたコミュニケーションの増殖による〈ムシャーラカ(パートナーシップ)〉の展開である】
だからこそ、以下のように考えなければいけない。
【古来からあった西欧思想、イスラム思想、中国思想(儒教、道教など)、インド思想(仏教)においては、それぞれ多元性を持つが、それでも共通して「人間の生存の基盤」を重視し、①生存の継続と生存の循環、②他者・生存するものの間での調和、③生存の条理性・原理性を中心的課題としているのである。そして、同時に、「生存を維持する使用価値の再生産の問題を重視しなければならない。そこでは、自分の仕事を真剣にやれば誇りを持って生きていけるという現実をつくることの重要性と根源性も重視しなければならない。また、その使用価値の再生産に当たっては、現状のような資源の大量収奪、大量生産、大量消費、大量廃棄をして、環境を破壊するのではなく、原則的には再生可能な資源に依拠しながら「使用価値の再生産」を発展していく方向を示さなければならない。こうした基本的課題を現実のものにすることこそ、宇宙船地球号における国際的な公共哲学の中心をなすのではないか】
以上の指摘が意味することは、欧米を近代化した価値観の延長線上だけでは、人類が抱える問題点を解決する可能性がなく、古来からあった西欧思想、イスラム思想、中国思想、インド思想から学び、それを総合的に発展させるところに道はあるというわけである。
【「市場の失敗」が不可避であることは大前提である。金融資本主義になって、その市場の失敗が拡大してきている。これを抑えるのが国際的公共経済の使命だ】
【ヨーロッパの近代的政治過程が封建制の地方分権から中央集権化の方に、国民国家の形成へと向かっていったの対して、中国では2000年の中央集権的な王朝が地方分権的な省の独立運動という形で解体して分権化していく。こうした流れとして、この300年の間を捉えることができる。政治過程として真っ向から違う近代過程を通っている。
国際的な公共を考えるためには、ヨーロッパに起こった近代過程と違う「もう一つの近代」を考えてみる必要がある。アジアにおける近代化、イスラムにおける近代化、インドにおける近代化と同時に考えることである】
善かれ悪しかれ日本の我々が背負っている歴史の現実を自覚して、世界に役立つ日本にならなければならない、ことは明白である。その際、
【日本の未来に責任を持つという形で、世界の公共にどのような貢献ができるのか。
世界の難民救済をやるとか、地球の環境を考えましょうと言って飛び出していくのも、もちろんそれはそれで意味があるが、それだけでは本当の意味の力にはならない。日本をどのように開き、国際化し、地球化していくのか、また日本の中の諸問題をどのような法システムで解決していくのか、そして、日本が日本のことを解決していく方法というものをどのように世界に役立たせていくのか。そういう中から、多様、多元的なものの中における普遍的な、あるいは道義的、調和的なものの模索に入っていくのだろうと思うわけです。】
いま歴史の現実を自覚してと述べたが、第二次世界大戦でアジアと日本人自体に対し、筆舌に尽くせない苦しみを与えた末に平和憲法に到達した事実。
中国文明とインド思想(仏教)に加えて、西欧文明を取り入れてきた事実。
それらの文明の良いとこ取りをしながら、江戸時代に人口3000万人に達する世界的な人口大国になった事実と自給自立の体制を確立したこと
戦後の短い時間で、世界的に優れた生産技術を開発し、世界のGDP(国民総生産)大国になったこと、などの経験は、世界的に見ても稀有な経験である。
これからの持続可能な世界をつくりあげる上で、こうした歴史的な経験は必ず生かしてゆかなければならない。
